元自動車エンジニアの話|クルマとは何か

開発の仕事をしていた頃、車の設計に気になる部分を発見した。

 

問題を指摘したのだが、若輩のわたしの意見を来てくれる人がいるのだろうか。

 

「目的を同じとした考えに上下はない。」

 

ところがそんな私を理解してくれる人がいた。

 

2代目レオーネの開発リーダー、木村さんである。

 

私が入社する前、国産はTの量産FF車であるスバル1000の開発時代から技術部門で活躍された方である。

 

技術者としてもすばらしかったのだが、人間としても尊敬でき、誰もが一目置く存在である。

 

普通なら開発に戻ったばかりの、それも平社員の言葉など「この期に及んで」と叱られこそすれ、聞いてもらえないのが当たり前である。

 

ところが、私の話を聞いた木村さんは関係する設計者、デザイン部門の関係者など、リーダーたちを説得して、小規模ながら検討チームを発足させた。

 

つまり私の意見に対して、しっかりと対応するような体制で動き出してくれたのだ。

 

目的を同じとした考えに上下はない。

 

その頃は、意識しなかったが、これはスバル開発以来の、技術に対する考え方なのである。

 

「少しでも良くなるなら、やってみよう。どんなことでも」

 

とわたしは木村さんの期待に答えようとした。

 

もちろん主たるテーマは、もう少しハンドルを軽くできるのではないか、というポイントである。

 

大幅な寸法やレイアウトの変更はもちろんできなかったが、幸いにしてシートやステアリング位置の微調整は認めてもらった。

 

最適なステアリングの位置を探り、修正をおこなうとともに、シートのクッションのハリの強さ、おしりと背中の当たりの強さを微調整していった。

 

「最後まであきらめない」というのもスバル開発の特徴である。

 

サスペンションはすでに乗り心地の改善の手が打たれていたが、サスペンションで衝撃を吸収し、さらに今度はシートでもその衝撃をいなすためには、どのようなチューニングをしなければならないのか?

 

その時点でできることを徹底して追及してみた。

 

シートとサスペンションという、今でこそ当たり前に理解できる関係性だが、当時はまだ、シートの座り心地に関する技術が未熟だった時代である。

 

ちまたでは「日本に椅子の文化がないから駄目だね」といわれていたのだ。

 

こだわっていた私ですら「これが正解だ」という事が明確にあったわけではないし、理論として確立できてもいなかった。

 

だが、課題はわかっていたので感覚に基づいて、その改善に全力で取り組むしかなかったし、やってみるうちに、少しずつ良好な関係が見えてくるのだ。

 

こうしてシートをサスペンションに合わせることで、さらなる改善が進んでいったのだった。

 

2年ぶりに群馬に復帰し、仕事にのめりこんでいた私を鼓舞したのは、開発業務への飢えだけではない。

 

出向時代に感じた「ユーザーにとっていいクルマとはどんなことなのか」という疑問を常に持ち、さらには「ええクルマを作ってくれた」というセールス時代の上司の言葉に脳裏を支配され、仕事に没頭していった。

 

おまけに時間を有効に使うこともこの時代に学んだ。

 

当時はまだまだオイルショックから脱していたわけではなく、仕事にもいくつもの制約があり、会社から残業をなるべく控えるようにとうい通達もその一つである。

 

極力残業をせず、効率よく仕事をこなし、すぐにレポートを書いて、その日の就業時間内でほとんど終わらせる。

 

そんな癖が付いたのもこの時代である。

 

そんな意味から考えるとオイルショックは技術者としてのわたしに、実に多くのものを学ぶきっかけを与えてくれたともいえる。

 

これは、この時代に車の開発に携わったものの共通認識ではないだろうか。

 

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